今日は何の日

どーも、若旦那です。

 

「少年時代の思い出はもぐら!」と紹介されましたが…

 

これだけは言わせてください。

 

 

もっといろんな思い出あるわ!

 

 

でも一応、もぐらと私の思い出を語らせていただきます。

 

 

簡単にお伝えすると、中学生の時に拾ってきたもぐらが瀕死の状態だったので心肺蘇生処置をしたという話です。

 

心肺蘇生処置といっても見様見真似

 

もぐらの胸あたりを指でフニフニと押してみても反応が無かったので、次は人工呼吸。

 

人間の人工呼吸の体験でマネキンに口づけした時もちょっぴり恥ずかしかったあの頃。

 

その日に出会ったばかりの見ず知らずのもぐらに直接口づけするほどの勇気はありません。

 

細めのストローをもぐらの口に入れて息を吹き込みましたが、それでもダメでした。

 

今振り返れば、心臓マッサージの時点で体が冷たかったので、すでに亡くなっていたのでしょう。

 

これがもぐらの思い出です。

 

これは長野県の阿寺渓谷で見つけた元気なもぐら

 

 

 

思い出っていろいろありますよね。

 

すぐに思い出せるものもあれば、人から言われても全く思い出せないものも。

 

でも、自分が覚えていない部分が実は人生においてものすごく貴重だったってこともあります。

 

特にこの1年は思い出に触れることが多かったです。

 

というのも、本日10月8日は私の父の命日。

 

職場のブログで親の命日の話すんなや!と言われるかもしれませんが、しばしお付き合いを。

 

 

1年前に父は亡くなりました。

 

急に亡くなったもんですから、生前整理なんてもってのほか。

 

父は使える物使えない物を買い集め(本人は全て使うつもりで買ったのでしょう)、結局新品のままあっちこっちに放置するという始末。

 

さらに、母が京都から大阪に引っ越すということで、そちらの片付けもあり、京都にちょこちょこ帰っていました。

 

実家でも16年も離れると逆に新鮮。

 

過去の新しい発見がいくつもあり、片付けがなかなか進みません。

 

記憶の底にあるもの

おそらく小学校で「スイミー」を読んだ時に作った砂絵ですが「スイミー」には潜水艦は出てこなかったような…

 

 

全く記憶にないもの

作文の宿題に対して「宿題をしたこと」と題名を書いておきながら、カバンを開けただけで宿題をしなかったみたいです

 

 

これまた記憶にないもの

私が生後2ヶ月の時に家族で屋久島へ行った時の寝台特急のチケット

まだ髪の毛がパヤパヤの時なのでせっかくの屋久島も記憶にございません。

 

 

私が生まれる1ヶ月前の父の記憶

私にとってはかなり貴重な発見

 

 

実家に眠っていた思い出は楽しいものもあればちょっと悲しいものもあり、どれも家族という背景があり…

 

実家の片付けとはなかなかセンチメンタルな作業であります。

 

 

私は高校卒業後に実家を離れて、茨城で2年間、宮崎で6年間の大学生活を送り、愛知に来てもうすぐ9年目。

 

特に学生時代は実家にはほとんど帰らず、帰ってもほとんどしゃべらず。

 

その間に父と交わした言葉を綴っても原稿用紙数枚分にしかならないんじゃないかと言うレベル。

 

反抗期をこじらせた状態で家を出てきたので、たまにしか会わない父とどう接していいかわからず。

 

数年前に父の口から出た「お父さんは今はこんなんだけどな、小学生の時は運転手付きの外車で小学校まで送り迎えしてもらってたんだぞ」という衝撃発言に対しても「ふ~ん」としか返せませんでした。

 

話したくないわけではないし、話したい気持ちもあるけど、どう話せばいいかわからない、そんな感じでした。

 

会話をするようになったのはここ最近のこと。

 

結婚して妻の働きかけもあり、ポツリポツリと話すようになりました。

 

「次に会った時は、これとこれとこれについて話そう。今度こそは運転手付きの外車の真相を」なーんて思っていましたが、次はありませんでした。

 

離れて暮らす以上、親の死とはそんなものなんでしょうね。

 

でも、父が亡くなり、母や兄弟家族との会話は以前より明らかに増えました。

 

その会話の中で、父のことだけが過去形で語られるのは少し寂しいですね。

 

なんて言ってもしゃーないですね。

 

この1年は、後ろを振り返りながら前に歩いている感じです。

 

いやいや、内容めっちゃ暗くなってるやん!

 

ということで、最後はちょっと明るく?

 

 

先日、父の墓参りついでに大阪に引っ越した母親宅に寄りました。

 

「あんた、万博記念公園に行ったことないやろ?連れて行ってあげるわ」

と母に言われましたが、

 

私には、親に万博記念公園に2回連れて行ってもらった記憶があります。

 

親の記憶はそんなもん。

 

当時小学生だった私は「非常におもしろくなくて退屈だった」という強烈なインパクトがあり鮮明に覚えています。

 

35歳を迎える今はあの時よりも楽しめました。

 

「芸術は爆発だ!」でおなじみの岡本太郎氏作の太陽の塔は有名ですね。

解説によると、金色に輝き未来を象徴する「黄金の顔」、現在を象徴する正面の「太陽の顔」、過去を象徴する背面の「黒い太陽」という3つの顔を持っている、とのこと。

 

うーん、よくわからん。

 

「とにかくおっきくてゾワゾワする」と言うのが率直な感想。

 

「親として子供たちにはいろんなことを経験させようとしたけど、唯一できなかったことがあってな。それは芸術。芸術に触れさせることができなかった。」

という最後から2番目に会った時の父の言葉が蘇ります。

 

芸術は難解です。

 

今は内部観覧もできるので、興味のある方は是非!

外観からは想像つかないぐらいポップでゾワゾワしません。

 

 

来週はまんもすです。お楽しみに!