メリークリスマス

どーも、若旦那です。

 

美容院には2018年に1回(自身の結婚式前)行ったのが最後

 

さらにその前は2014年に2回(新社会人でまだピチピチしていた時)

 

 

私が美容院に行かない理由は主に3つ

 

・「これにしたい!」という髪型がない

 

・首の右後を触られるとなぜか腰の右側の奥がくすぐったくなって耐えられない

 

・薄毛が年々進行し、美容師さんに気を遣わせるのが申し訳ない

 

 

特に最後はですね~、大学時代から一応気を付けてはいたんですけど、気を付けたところでどうしようもない。

 

特に風呂上がりなんかは、見飽きない。悪い意味で見飽きない。

 

小学生の時に担任の先生から「髪の毛は1日に100本抜けるんやで」と言われ、

「え~そんなわけないや~ん」と答えていたあの頃が懐かしいです。

 

薄毛について話そうと思えばいくらでも話せますが、

 

12月24日の今年最後のブログを薄毛の話で締めくくるわけにはいかないので…

 

2022年の個人的ベストショットでもお見せします。

富士山

 

 

うん、富士山はいいですね。

 

言わずと知れた標高日本一の山

 

でも登山するなら院長が先日登った北岳の方が楽しいと思います。

 

でもやっぱり富士山はいいですね。

 

というのも、富士山は私の人生を変えてくれた山なのです。

 

 

遡ること15年

 

2007年8月

 

当時私は茨城県にある筑波大学第二学群生物資源学類の2年生でした。

 

夏休みに入り、兵庫県の大学に進学した中学高校時代の友人と電話で話していると

 

「夏休みに富士山行こーや、チャリで」

 

どっちが言い出したか忘れましたが、すんなり決定

 

 

友人宅のある兵庫県西宮市から富士山を目指す6日間の旅が始まりました。

 

 

手段は、町の自転車屋で買った6500円の中古のママチャリ

 

所々錆びているし、ブレーキから異音がするし、変速機はなく、ライトはタイヤにローラーを押し付けるタイプ

 

もっとマシな自転車はありましたが、ボロいチャリの方がおもろいやんということで、そのお店の一番安い物を購入

 

兵庫を出て、大阪を抜け、京都の実家には寄らず、滋賀に入りました。

 

 

『草津』の文字を見て、「温泉やん!」と無知な大学生2人

 

2人とも気分的には足湯に片足を突っ込んでるぐらい前のめりでウキウキしながら草津市内を走っていましたが、漕げど漕げど『温泉』の文字は見当たらず。

 

コンビニの店員さんに聞いて草津温泉の草津は群馬県の草津だと初めて知りました。

 

結局その日は栗東市のネットカフェに泊まることにしましたが、温泉はおろかシャワー室もなかったので、電車で何駅か戻ってスーパー銭湯に入ってまた帰って来るという行き当たりばったりの旅

 

『1日100kmぐらい走って富士山まで行く』という事しか決めていなかったので、どこを走るか、どこで泊まるか、何を食べるかはその時次第でした。

 

 

鈴鹿峠を越えるのに4時間かかるとはまだ知らない2日目の朝

3日目あたりからお尻と太ももに痛みが出始めましたが、休憩するために座ったり歩いたりすると余計に痛くなるので、チャリを漕いでいた方が楽というゾーンに突入

 

 

この旅3日目で初めての海

 

 

茶畑に見飽きた4日目の夜

 

ネットカフェを転々としながら5日目の夜に沼津に到着

 

この頃には体がだいぶ透けるようになりました

5日間で約500km漕いできて下半身はヘトヘトですが、ネットカフェに入るには少し早く、上半身はまだ元気だったので駅前のボーリング場にイン

 

有り余る体力と時間をちょっとでも人のために使えていたらと今思いました。

 

6日目は富士山を反時計回りに周遊し旅は終了

 

 

チャリ旅を終えてしばらくして母親から電話がありました。

 

「あんたそんなに悩んでたんやなぁ。」

 

「???」

 

「わざわざ自転車なんかで富士山まで行って。日本一の山を目指すなんて相当悩んでるんちゃう?もう1回チャンスあげるし再受験したら?」

 

チャリ旅については旅の後に電話で伝えていました。

 

旅の前には

「大学の授業に興味が湧かず、このまま続けても自分の将来像が見えない。」

とも話していました。

 

ただ、漠然としたもので、大学を辞めたいとか別の大学に行きたいとか、本気で考えていたわけではありません(今だから言えますが…)

 

実際、富士山を目指してチャリを漕いでいる時は進路についての悩みなど一切忘れていました。

 

でもチャンスを貰えるなら再挑戦しようということで、チャリ旅から帰ってきて2週間後から再受験の勉強をスタート。

 

再受験の条件は、失敗しても筑波大学を4年で卒業すること

 

そのため大学で毎日授業を受けながら受験勉強をする、いわゆる仮面浪人となりました。

 

受験勉強は4ヶ月しかできませんでしたが、翌年に宮崎大学農学部獣医学科に無事合格して今の自分があります。

 

あの時に富士山に行っていなければ、母親が勘違いしていなければ、今の自分はありません。

 

そういう意味で富士山は自分の人生を変えてくれた山なのです。

 

 

そもそもなんで筑波大学に行ったん?という話ですが、

 

高3の現役生の時は、獣医師になるというよりは動物に携わる仕事ができるといいなぁぐらいしか考えていませんでした。

 

生物資源⇒生物⇒動物と勝手に解釈し、動物について勉強できるならこっちでいいやんとなり、筑波大学を受験したという流れです。

 

しかし、入学してみると農業や林業といった植物の授業が大半。

 

植物は動かへんしつまらんという単純な理由で植物にはほとんど興味が無かったので、授業内容になかなか興味が持てず、結局退学

 

受験生の皆さん、志望校についてはしっかり調べましょう。

 

でも筑波大学で過ごした2年間は決して無駄ではなく、自分がなりたいものが何なのかしっかり考えることができた必要な時間だったと思います(親には苦労を掛けましたが)

 

あの時は雲で富士山を見ることはできませんでしたが、今回はしっかり見ることができました。

 

 

あの時の富士山

 

 

メリークリスマス、そしてよいお年を。

 

2023年最初のブログはまんもすです。お楽しみに!