にゃあさん、今まで本当にありがとう…

どうも、登山家な?!いんちょーです。

 

チャムツカ氏が途中で登頂を断念した猿投山は、コースバリエーションが豊富なので色々なルートで登山を楽しめる、愛知県代表に選出されても納得できる素敵なお山です。

私は豊田側(猿投神社方面)に車で回り込むのが面倒なのと、猿投山だけに登るのだと少し物足りないので、岩屋堂公園に駐車して登山開始、ひと山越えて雲興寺まで行き、そこから猿投山への登山を開始するというルートで登ることが多いです。

 

このルートだと総移動距離15km弱、高低差1000m強ですので、結構良いトレーニングになります。

今年の7月・8月も昨年に負けず劣らずの異常な暑さでしたので、標高2000m以上の山をターゲットにしておりましたが、これから気温が落ち着いてきたら、また上記のルートで猿投山に登ってみようかな、とチャムツカ氏のブログを読んで思った次第です。

 

さて、そんな私の今回のブログですが、そんな登山のお話ではありません。

 

タイトルにも思いっきりあげていますので、いきなり何の前振りもなくネタバレいたしますが、今回は当院の看板猫の『♀にゃあさん(にゃあた)』が2024年8月30日(金)に19歳7か月で天に召されました、というお話です。

私が初めてにゃあさんと知り合ったのは、私が獣医師1年目の駆け出しだった頃…

 

「エサやりをしていたノラ猫が恐らく交通事故に遭った」ということで、急患で『にゃあさん』が来院しました。(その当時は『クロちゃん』という名前でした)

 

「とりあえず入院で治療して欲しい」ということで、そのお世話係に私がなったわけですが…

 

下半身不随で自力での排尿/排便は不可能(=圧迫排尿/排便が必要)、臀部/後肢周辺は広範囲に擦過傷でグチャグチャ…(ノД`)

 

しかしながら、幸いにも他には大きな外傷はない、という状態でした。

 

毎日せっせと傷を洗浄していたことと、まだ体重も2kg程度の幼猫だったためか、擦過傷の範囲は広かったにもかかわらず、傷の治りは驚くほど良好でした。

 

しかし『下半身不随で自力での排尿/排便は不可能』は(当然のことながら)治っていません。

 

その旨を先輩獣医師からにゃあさん(クロちゃん)を連れて来られた方に説明したところ、「その状態では今後のお世話は無理だから安楽死処置をしてほしい」という返答でした。

 

その当時の私は、まだ若造で未熟者だったこともあり、

「だったら初めから「入院で治療を」、なんて言わなければ良かったのに!!」

「痛い思いをして治療を頑張ってきたのに、辛い思いをしただけじゃないか!!」

という憤りしか感じられませんでした。

 

でも色々な経験を積んで改めて思い返してみると、違う考え方もできるようになりました。

 

毎日餌やりをして可愛がってきたクロが、ある日突然に後ろ脚を引き摺ってやってきた。

お尻辺りからはたくさん血が出ていて痛そうに鳴いている。

「どうにか治してあげられないか」と、かかりつけの動物病院に傷ついたクロを連れて駆け込んだ。

自分はもう年寄りだし、色々とやってあげることはできないけど、治る可能性が少しでもあるのであれば、入院費を負担してでもやってあげられることはしてあげたい。

 

しかし、結果として『下半身不随で自力での排尿/排便は不可能』は治らず、そんな状態のクロを今後もお世話することは私にはできない…

 

これからクロが辛い思いをするのならば、楽に逝かせてやりたい…

 

そのようなお気持ちであったのではないか、と推察できるに至りました。

 

さて、話は戻りますが、その当時の私には「クロちゃん(後のにゃあさん)を何とか助けたい」という気持ちしかありませんでした。

 

その当時は仕事が酷務過ぎて、仕事を終えて何とか帰宅して玄関で片足の靴を脱いだところでそのまま寝落ち(実質的には気絶)⇒そのまま玄関で朝を迎えるということも度々だった自分に、「排尿/排便のコントロールが全くできないにゃあさんのお世話をしていけるのか?」という不安はあったのですが、他に名乗りを上げてくれる人もいませんでしたので、もう後には絶対引き下がれません!!

 

「安楽死処置ではなく、私が責任をもって引き取ります」ということで承諾を得て、にゃあさんとの生活が始まることになりました♪

と、浮かれていたのも、その日だけ…

 

翌日からの生活は、まさに地獄でした…

 

相変わらずクッタンクッタンになって帰宅すると、

あの~、その~…、何と言いますか…、、、

オムツはしていたのですが、隙間からポロリしていることが非常に多くてですね…

体が○○○まみれちゃっていることが多く、疲労により帰宅直後に度々玄関で気絶していた男が、帰宅後に『まずはにゃあさんの全身シャンプーをする』というカオスな日々が続きました…

そんな生活が1か月~半年?(どのくらい続いたのかはもはや記憶にないのですが)、幸いなことに、ある時からにゃあさんがだいぶ我慢できるようになりました。

 

そんなにゃあさんの進化(?)のお陰で地獄の日々には終止符が打たれ、平穏な日々が訪れたのでした。

 

 

その後しばらく経って、『瀬戸健滉動物病院』を開院することになり、いつも近くににゃあさんがいてくれる環境になり、当然のことながらスタッフ全員がにゃあさんのことを可愛がり大事にしてくれるようになり、もはや『増田にゃあた』ではなく『せとけんのにゃあさん』になり…

 

お尻を床に滑らせて前肢だけで歩いている(?)姿をご覧になった方から、「下半身不随なんて可哀想」というお言葉をいただくことも時々ございましたが、当の本猫は『ず~っと寝ていて、たま~に起きたと思ったら院内を前肢だけでスルスル~と器用にお散歩、本当に自由気まま、スタッフみんなから本当に愛されて、本当に本当に幸せな猫でした。

そんな悠々自適な生活を長~く送っていたにゃあさんですが、2020年7月19日の3か月に1回の定期検査で『慢性腎臓病』が見つかります。

 

定期検査をしていたお陰で幸い早期発見できましたので、その後は毎月の定期検査に切り替えて、①腎臓食②内服薬③サプリメントをうまく併用しながら維持に努めつつ、その都度必要な治療を追加していくという方針で経過を見ていくことになりました。

 

そんな感じで徐々に腎臓の項目は上昇していたものの、慢性腎臓病が見つかってから3年半強は特段の症状もなく維持できていたのですが、徐々に歯肉炎による口痛で食事が思うように取れないという状態になってしまいました。食べたいけど食べられず、徐々に減っていく体重…

 

「このままじゃジリ貧、どうしたら良い?」と自問自答していたのですが、にゃあさんのその時の年齢は19歳1か月、しかも慢性腎臓病がだいぶ進行している状態…

 

でも、にゃあさんは我々の身内です。

 

スタッフ全員に「超高齢で慢性腎臓病を患ってはいるけれども、『全身麻酔下でのスケーリング(歯石除去)+罹患部の抜歯術』を行いたいと思っている」と告げて了承を得た後に、私が全幅の信頼を置いている、獣医歯科学界のゴッドハンド(と私とスタッフ全員が思っている)、若旦那こと副院長先生に処置を懇願しました。(「もし自分に抜歯が必要な状況になったら、若旦那に是非とも処置をお願いしたいな」、と本気で思っています)

 

若旦那は「まっ、イっすよ」と快諾してくれて、2024年3月10日、当然のことながらOPEは大成功!

 

当院での全身麻酔下での最高齢OPE記録を6か月も更新するというオマケ付きで、にゃあさんは再びゴハンを食べられるようになったのでした。

(若旦那、その節は大変お世話になりましたm(__)m)

 

その後はいよいよ皮下点滴も開始するようになり、「年齢的にも衰えが否めないなぁ、でもなんとか20歳は目指せるかなぁ」と思っていた矢先の2024年8月30日(金)、にゃあさんは我々に何の断りもなく、19歳7か月で、急に虹の橋を渡ってしまいました。

 

亡くなる前日も私が抱っこしていたらゴロゴロと喉を鳴らせてくれていて、手からゴハンを食べてくれていたので突然のお別れにビックリしたのですが、それと同時に「ツンデレだったにゃあさんらしいな…」とも思いました。

 

何よりも「寝ていたらそのままお迎えが来てしまったのだろうなぁ」と思えるほど穏やかな表情で、ピンピンコロリ、お迎えが来るならばの理想的な最期でしたので、自然と「今まで本当にありがとう」の気持ちが湧いてきました。

 

悲しい気持ちはもちろんあるのですが、それ以上ににゃあさんへの感謝の気持ちが圧倒的に勝っていて、自分でも不思議なくらいに穏やかな気持ちで『にゃあさんが亡くなってしまった』という事実を受け止めることができました。

 

当院の患者さんにも常日頃から「最期の時が来た時は納得のいく形で迎えていただけるように最大限の配慮をする」という意識で臨んでいて、実際に身に余るほどの感謝のお言葉をいただくことが多いのですが、自分がいざ体験してみて、『納得のいく最期を迎える』ということの大事さを改めて認識することができました。

「にゃあさん、今まで幸せな時間を過ごさせてくれて、本当にありがとう」

さて、お次は、にゃあさんのお抱え『建築家兼大工』・『スタイリスト』・『似顔絵師』だった、あの人です。